もうずいぶん前に出た本ですが最近読みました。『レイコ@チョート校』(集英社新書)。
著者の岡崎玲子さんは小学6年生で英検1級を取得、全米トップ3に入ると言われる名門プレップスクール、チョート・ローズマリー・ホール(あのジョン・F・ケネディもここの卒業生)に15歳で入学。本書はその留学生活を当時16歳の著者がつづったものです。
チョート校の極めて充実した教育の模様が生徒の眼で生き生きと描かれており、非常に興味深く読みました。授業は日本の大方の学校とは大違い。大量の宿題を課され、授業は予習を前提にした「わからないところを解決する場」。この基本スタンスからして違います。
カリキュラムは英語(文学)、歴史、理科(物理、化学、生物)、数学(代数、幾何、カオス理論や線形代数まで)、などのほか心理学、宗教、哲学、芸術、そして仏・独・伊・西など56コースもの語学の授業があり、それぞれ単位を選択して履修する。2000年の大統領選に際してはパネルディスカッションなどの特別授業も多々開かれたとのこと。生徒一人ひとりが「候補者」として「政策」を立案してスピーチし、投票する、といった授業まである。そんな授業を日本の中学~高校生にあたる年齢の生徒たちがこなしていく。
ただ机上の学力をたたき込むだけの学校ではなく人間性を育むことを重視したトータル教育。授業でのディスカッションや様々なイベント、寮生活などを通じて切磋琢磨していく生徒たちの様子がわかります。異文化体験や校内イベント、ルームメイトや同級生との関わりなど、留学生活の楽しさもよく描かれています。16歳のものとはいえ均整のとれた文章。良書です。
本書を読んで、「こんな教育を日本でもしなければ!」と思う人は少なくないでしょう。子供のいる人なら「自分の子にもこんな教育を受けさせたい」と思うかもしれません。教育関連の社会起業や新しい学校を創ろうと模索している友人たちにはぜひ参考にしてほしい内容です(すでに読んでいるかな)。チョート校の教育はいわゆるエリート教育と目されるとは思いますが、トータルな人格形成をめざすそのエッセンスは広く応用されうる、されるべきものとも感じます。のみならず日本の教育の良い点を再認識する手掛かりにもなりえるように思います。
小学4年生のとき担任教師に勧められ、湾岸戦争について新聞で調べてクラスで発表したことを思い出しました。同級生たちもそれぞれ通常の科目以外の課題を課され、祖父母への戦争体験のインタビューや、父親の仕事内容の紹介や、三国志の年表作りなどをしていた。もちろん小学生レベルですが。そんな授業をしてくれる教師が何人かいたし、それは田舎の普通の公立学校だったし、国数理社などの基礎学力を犠牲にするものではなかったはず(たぶん)。中学・高校で部活動などを通じて学んだことが多かったのも、多くの人が実感としてわかることでしょう。塾ではない「学校」には、机上の学力以上の幅広い学びの機会がある。
きっかけがあれば子供はいろんなことに好奇心を持つし、何であれ自力で学ぶ経験はその後にいろんな影響を及ぼす、と思います。チョート校のようにはいかなくても、日本の普通の学校でもできることはあるし、できていることもあるはず。それを大事にしないと。何かと「不足」を指摘してしまいがちな日本の教育ですが、いま既にある教育資源をきちんと評価することも大事、というわけで書いておこう。前に書いた機会格差の問題などは別問題として在りますが、それを考える上でも。
また、ずいぶん前から、いわゆる「学力」に対する懐疑というか、それを軽視する論調が広く流布しているように感じます。お受験秀才が揶揄されるのは昔からだと思いますし無理もない気がしますが、学力を軽視するのも学力を妄信するのも危険なこと。『レイコ@チョート校』からは、そうした安易な見方に与しない、健全な知性を育んでいる教育環境が垣間見えます。



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